恥ずかしい判決 裁判所の論理破綻
1.前章では、「意識がない」の意味が多義的であり、急性アルコール中毒で言われる「意識がない」と伊藤さん側の言う「意識がない」の意味が異なることを指摘した。
このように同じ言葉でも意味に食い違いが生じてしまう場合、間違いが起きやすく筆者の考えではこのような言葉は使わないか、あるいは「意識がない」の定義を明確にしてから使用すべきと考える。
なお、便宜上アルコール中毒で言われる意識がないを「意識がない(狭義)」伊藤さん側の言う意識がないを「意識がない(広義)」とする。
次により正確に事実を把握するために
酩酊度については藤宮教授が提示した表を用い
また、意識レベル(意識障害)を正確に把握するため救急現場で利用されている
ジャパンコーマスケール(以下、JCS)を適宜使用する。
酩酊度
意見書を提出した藤宮教授が山口県医師会警察医会第20回研修会において使用したもの
救急医療の現場で意識レベルを判定しているのに使われている基準 JCS
ぬ
なお覚醒とは開眼を意味する(他のJCS表では覚醒を開眼と表記しているものあり)
2.(1)ホテル入室時の意識レベルと酩酊度
判決文より
午後11時19分09秒に、タクシーが本件ホテルの車止めに到着したものの、原告は自力で降車することができなかった。被告は、原告の体をドア側に引き寄せようとしたものの、上手くいかず、一旦先に降りて鞄を車外に置いてから、原告の左側に自分の肩を入れて引きずるようにしてドア側に移動させ、原告は、停車から2分以上が経過した午後11時21分44秒に降車した。降車後、原告は、足元がふらついていて単独で歩行するのは困難な状況であり、被告は、原告の荷物を左手で持ち、右手で原告を支えるようにして、本件居室に向かった。(甲2、3、15、乙40、被告79・80頁)
タクシーが本件ホテルの車止めに到着し、停車してから2分以上経過した後、被告に引きずられるようにしてドア側に移動して降車したこと、ホテルの部屋に向かう間、足元がふらついており、隣を歩く被告に体を預け、被告に支えられる状態にあったことが認められる。これらの事実からすると、原告は本件寿司店を出た時点で相当量のアルコールを摂取し、強度の酩酊状態にあったものと認められ、
(筆者以下略)
判決によると、午後11時20分頃のホテル入室時においては「意識がない」との言葉は使っていない、少なくとも「意識がない(狭義)」ではないと考えたのではないだろうか。
また、「強度の酩酊状態」とは酩酊度の表においては「酩酊期」にあてはまる。
酩酊期の症状として、千鳥足、判断力障害、眠気とありホテル入室時の状況と合致する。
注意すべきは「昏睡期」や「泥酔期」とは認められなかったという点である。
昏睡もしていなければ、歩行不能とも言えないからである。
次にJCSの基準にあてはめると、意識レベルは2(見当識障害 場所がわからない)に相当するものと考えられる。(理由は午前2時の伊藤さんの発言で明らかになる)
(2)午前2時頃について
判決文より(赤字強調は筆者)
被告は、原告が午前2時頃に起きた際、原告は「私は、何でここにいるんでしょうか」と述べ、就職活動について自分が不合格であるかを何度も尋ねており、酔っている様子は見られなかったと供述する(乙3、被告83・84頁)。しかし、原告のこの発言自体、原告が本件居室に入室することにつき同意をしていないことの証左というべきであるし、前記判示のとおり、本件寿司店において強度の酩酊状態になり、本件居室に到着した後も嘔吐をし、被告の供述によれば一人では脱衣もままならない状態であったという原告が、約2時間という短時間で、酔った様子が見られないまでに回復したとする点についても疑念を抱かざるを得ない。
まず、自ら起きたことが認定されている。また、「私は、何でここにいるんでしょうか」と述べたと認定されている(「この発言自体、原告が本件居室に入室することにつき同意をしていないことの証左」と認定しているため)。
また伊藤さんのこの発言はホテルに入室した経緯を理解できなかったことを示唆することから、ホテル入室時の意識レベル(JCS)2相当と推測する根拠と言える。
そして、ホテルの部屋にいることが理解できたからこそ、上記の発言をしたと考えられる。
JCSによると、裁判所の事実認定からは意識レベルは0(意識清明)であると推測される。
また、酩酊度は言語不明瞭もないことから「ほろ酔い後期」程度あるいはそれより回復したと推測される。
上記判決で特に重要なのは赤字強調部分である。午前5時の性行為時との比較において極めて重要である。
(3)性行為時(判決文前半では何時ごろ性行為をしたか明らかにしていない)
判決文より
被告が、酩酊状態にあって意識のない原告に対し、原告の合意のないまま本件行為に及んだ事実、及び原告が意識を回復して性行為を拒絶した後も原告の体を押さえ付けて性行為を継続しようとした事実を認めることができる。
この場面において「意識のない」という言葉が登場する。
「意識のない(広義)」と考えればなんら問題ない認定とも思える。しかし、以下のとおり、反訴部分の事実認定から考えると広義とは言えず、この部分は「意識のない(狭義)」と理解しなければならないと考える。
(4)反訴部分における事実認定について
(赤字は筆者)
ウ 前記判示のとおり、被告は、平成27年4月4日早朝、意識のない状態の原告の陰部に避妊具を着けていない陰茎を挿入させ、原告が意識を回復し拒絶した後も、体を押さえ付けて性交渉を継続しようとしたことが認められる。また、証拠(原告9・14・15頁)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告から本件行為をされた際に、乳首や腕、右腰を負傷したこと、被告は原告に下着を返す際に、下着だけでも土産として持ち帰りたい、いつもは強気なのに困った時は子供のようで可愛いなどと述べたことが認められる。これらによれば、別紙記述目録1ないし3が摘示する事実は真実であると認められる。
名誉棄損(反訴)において適示した事実が真実であるかについて判決は、午前5時(早朝)の性行為時に乳首を負傷したことを真実として認定している。
乳首をいつ負傷したかについては、目覚めてから(性行為中であると自覚してから)以後に負傷したという事実は著書からは認められない。
とすると、乳首の負傷は目覚める前(直前)に負傷したものと解さざるを得ない。
負傷の程度であるが、著書によるとシャワーをあてることもできないほど痛んだと書かれている。また当事者尋問と合わせて考察すると乳首から出血していたと主張していると考えられる。
以上の事実認定を前提とすると、
乳首を負傷したにもかかわらず覚醒することはなかったということになる。とすると乳首負傷時点では「意識がない(狭義)」でないとおかしなことになる。なぜなら、仮に寝ていただけだとすると痛み刺激によって容易に覚醒するはずだからである。
さらにこのように解することで判決文の「意識を回復して」との文言とも合致する。通常眠りから覚めたことを「意識を回復した」とは言わないし、まさに「呼びかけても反応しない場合」と言えるからである。
さらにJCSによるとより詳しく意識レベルを判定することが可能となる。
JCSによると、痛み刺激によって覚醒できなかったということは最低でも意識レベル30と推測される。
とすると、判決による事実認定によれば、午後11時30分頃あるいは午前2時より明らかに意識障害のレベルが悪化しているという非常に不可解な事実が存在したことになってしまう。
また、酩酊度もより深刻な、泥酔期あるいは昏睡期と判断しなければJCS判定と整合しない。
ここで痛み刺激とはどのようにするのかが疑問となるので実例を紹介する
意識レベルの確認 監修東京労災病院
https://www.youtube.com/watch?v=NTRx8lt8Qec&feature=youtu.be
実例からすると、病院で行われる痛み刺激より、乳首から出血する痛みのほうがはるかに強い刺激であることが考えられる。
とするといずれにしても裁判所の事実認定によれば午前5時意識レベルは相当に悪いということになる。
(5)ホテル退出時
判決によると、午前5時ごろ違法な性行為が行われ、その後午前5時50分頃ホテルを退出したと認定されている。
なお、ホテル退出時の防犯カメラの動画がネット上に流出している
https://www.youtube.com/watch?v=zwGrIdTVlRM
普通に見えるのではないだろうか。なお、藤宮教授による意見書でも「ほぼ正常」との意見が述べられている。
3.恥ずかしい判決
以上から、午前5時から6時にかけての裁判所の事実認定を前提とすると大きな矛盾が生じていることが明らかになった。
①午後11時30分の意識レベル(JCS2)より午前5時の意識レベル(JCS30)のほうが、より深刻な(重症な)ことになってしまうこと。
飲酒後30分後より飲酒後6時間後のほうが意識レベルが悪くなる、言い換えると酩酊度がより深刻になるという科学的にも、社会通念上もありえないことが事実認定されてしまっている。
②午前5時の事実認定と午前6時頃のホテル退出映像という客観的証拠と認定事実に齟齬が生じてしまっていること。
午前5時前後の乳首負傷時の意識レベルは深刻なレベル(痛み刺激により覚醒しない)にもかかわらず、わずか1時間後の午前6時前には普通に歩く伊藤さんの姿があるのである。
4.裁判所の論理破綻
そして、驚くべきことはこの事実認定は山口さん側の主張した事実を否定する裁判所の論理で自ら認定した事実を否定できてしまうことである。
午前2時の山口さん側の主張を否定した論理は「前記判示のとおり、本件寿司店において強度の酩酊状態になり、本件居室に到着した後も嘔吐をし、被告の供述によれば一人では脱衣もままならない状態であったという原告が、約2時間という短時間で、酔った様子が見られないまでに回復したとする点についても疑念を抱かざるを得ない。」
というものである。
そして、
午前5時及び6時の事実認定に対して同様の論理を適用すると以下のようになる。
午前5時前に乳首を負傷したにもかかわらず、その後陰茎が挿入され性行為が行われる最中まで覚醒することがなかったという救急医療機関で行われる痛み刺激よりはるかに強い痛み刺激によっても覚醒しなかったという事実認定と、覚醒してからわずか約1時間という短時間で、酔った状態が見られないまでに回復していたように見えるホテル退出映像とは合致せず、裁判所の事実認定に疑問を抱かざるを得ない。
以上のように伊藤詩織山口敬之裁判の判決は、一方の主張を否定する裁判所の論理を裁判所自らが事実認定した事実に対して適用すると、その事実認定が否定されてしまうというなんとも杜撰な内容となってしまっている。
このような「恥ずかしい」判決をそのまま東京高裁は維持するのだろうか。
控訴審では公正な裁判が行われることを願っている。
5.また、現段階(2020年5月7日)での情報によると、原告側(伊藤詩織側)弁護団は判決文の全文について閲覧制限の申し立てをしているようだ。
伊藤さんは著書も出し、各種メディア、世界中に自らを性被害者と名乗り、山口さんを実名で告発し、さらに性被害救済システム等についても発言を繰り返している。この問題は既に個人間の不法行為の問題ではなくなっている。
したがって、裁判資料に対し、閲覧制限を申し立てるのは伊藤さんのスタンスからいって信じられない。
もっとも、判決そのものは伊藤さん側の勝訴ではあるが、判決文を詳細に検証すると重大な誤審、恥ずかしい論理破綻があることが明らかになった。
とすると、もしかすると、伊藤さん側弁護団も筆者と同様の矛盾に気付き、その重大性から閲覧を制限したかったのではないか、とも思わせるような不可解な行動だということを最後に指摘しておきたい。