逮捕揉み消しは本当か 著書と検事とのやり取りの決定的差異
1 逮捕揉み消しに関する弁護士の見解の紹介
伊藤詩織さんと山口敬之さんの問題でよく取り上げられるものに「逮捕もみ消し」がある。伊藤詩織さんの記者会見、著書、新潮の記事等が根拠となっているようだ(山口さんと新潮は民事訴訟中)。
今回、検事秘密録音の中で逮捕揉み消しに関連する重要な伊藤さんの証言、検事の発言があるので、指摘し、検証する。
その前提として、多数の逮捕揉み消し関連のツイートの中から興味深いものを見つけたので、紹介する。
山添拓さんのtwitterより
佐藤倫子さんのtwitterより 報道機関の報道の問題点、逮捕による実名報道が深刻な被害につながることについても問題意識をもっておられるようです。
他にも岡崎敬弁護士も同様の見解を述べている(twitterより)
2 伊藤山口問題について不同意性交罪を関連付けているのは伊藤詩織さん本人
逮捕揉み消しという本論に入る前に「刑法の不備の問題」について誤解があるので、言及しておく。
佐藤さんは山添さんのツイートに対し、本問は刑法の不備の問題ではない。と主張されている。しかし、不同意性交罪があれば、山口さんを起訴できたかもしれないと主張、つまりこの問題(判決)をテコにしているのは、むしろ伊藤詩織さんである。
さらに問題なのは、検事秘密録音によると、山口さんが不起訴になった根拠の1つとして「合意だと誤信した可能性」が指摘されていることである。つまり、そもそも伊藤山口問題は、仮に刑法改正が実現し不同意性交罪が創設されたとしても、「不同意性交罪の故意」が正面から問題となる事案なのである。
伊藤さんは検事から不起訴理由を聞いていながら、不同意性交罪があたかも、山口さんを起訴、有罪にできるものと広く喧伝するのは不当である。
佐藤さんが反論すべきなのは、山添さんではなく、伊藤詩織さんに対してであろう。
3 逮捕揉み消しの主張の妥当性
(1)逮捕が揉み消された根拠としてよく挙げられるものとして、いわゆる「安倍友」だったからというものがある。友達だと総理大臣であれば逮捕という国家権力に介入できるのだろうか、そしてリスクを負ってまで実際に介入するのだろうか?
これを主張する人は自らがある種の権力者になった場合、友人を助けるために不正行為をしますと自己紹介をしているようにしか思えない。
今回は「安倍友」関連は深追いせずに、そもそも逮捕要件を満たしていたかについて、伊藤さんの著書と、検事秘密録音での伊藤さんの証言、検事の発言から検証していく。
(2)著書で書かれている逮捕状発布の理由
①パソコンで録画していた可能性があった(いわゆる盗撮)。
②タクシードライバーの証言。
③ホテル防犯カメラ。
(3)検事秘密録音における伊藤詩織さんが証言した逮捕状発布の理由
①タクシードライバーの証言
「駅で降りる」と何度も言ってるところを、降ろさず、そのままホテルに連れて行った。
②「セキュリティーカメラ(原文ママ)が残っていたということで。」防犯カメラ映像
「その二つが大きな点だったと聞いたんですけど」
(4)両者の比較検討
著書と検事の前での証言の決定的違いは「パソコンでの盗撮の疑い」が検事の前では全く語られていないことである。しかも、秘密録音全体を見ても、パソコンはおろか、と盗撮の話は一切でてきていない。著書から考えると、明らかにおかしい。伊藤さんが盗撮を疑ったのははたして本当なのだろうか?
また、防犯カメラ映像を描写した表現について控訴審判決で「適切性を欠く」と認定された。
そして今回特に重要なのは、タクシードライバー証言にも問題があることを、検事の発言により明らかとなったので、以下引用する。
第1回(2015/10)検事秘密録音
検事 (一部略) で、もう1個は、えーと、タクシーの運転手のお話でね、実はこんな供述になってんですね。実は、それまでね、んーと、こう、後ろで、なんか、降りる降りないかみたいなね、形で、こう、やってたんだけど、すごく不自然ね、2人が去ってったという話がある。
伊藤 不自然?
検事 そう。なんか、こう、え?と思って、ぱっとこうね、なんか、こう、なんつうかしら、表現的には、あのー、それまで、こう、なんかやってたんだけど、意外な感じでとうかな、んーと、なんか、局面が変わったみたいな感じで、ぴっと降りてったっていう話がるの。
で、いや、それは何かっていうとね、何に結び付いちゃう、どういう話に結び付いちゃうかっていうと、どうも、あの、車の中にね、んっとー、戻した跡がね、吐しゃ物があったらしいんですよ。で、実は運転士さんは、それ、後で見て、あの、すごく怒ったというかね、なんて失礼な客だっていうふうに思ったらしいのね。で、要は、運転手さんがらいうと、これがあったんで出てっちゃったんじゃないかというようなニュアンスも出ちゃってるの。
で、それはこっちからするとね、マイナスなんですよ。基本的に。で、それを引っくり返しちゃった理由はね、あのー、要は、一方ではそういう性的な行動をするんじゃないかというふうにも言えるし。これは私が弁護士だったらね、こっちの、今言ったほうを言う。あのー、吐しゃ物があって、っこれ、まずいんで、で、彼女のせいにもできないから、無理やり降ろしてね、引っ張り出しましたよという主張になるのね。これはもう、どっちがどっちって話になって。いや、もしかしたら、こっちのつもりでやってるのかもしれない。でも、そう言われた瞬間に、この価値が落ちちゃう。
つまり、当初中々降りなかったのが、伊藤さんが急に降りていった。降りたのが、吐しゃ物があったからだというものである。
そして、性的意図をもって、タクシーから降ろしたことにならなくなるというものである。
(控訴審判決でも、ホテル同行は酩酊状況を踏まえた対応であったとして、性的目的を否定、伊藤さんの利益に反するとまでは認め難いと認定)
3 逮捕揉み消しは根拠に欠けている
伊藤さんが著書等で書かれている、逮捕が認められた3つの理由がいずれも、不適切であることが、検事とのやり取りで判明した。
①盗撮の話が検事の前で一切ないこと。
②タクシードライバー証言によって、タクシー降車理由が性行為目的ではない可能性が示唆されていること。(タクシードライバー証言の証拠価値の低下)
③ホテル防犯カメラの映像は伊藤さんが酩酊していることはわかるものの、②よりホテル入室は性行為目的以外(嘔吐を責められたくない、あるいは介抱目的)である可能性があること。
(②より、③の証拠価値も低下)
仮に、逮捕の執行停止が事実だとしても、それが逮捕要件を満たしていながらあえてしなかった「揉み消し」なのではなく、逮捕が公正になされるために適切に執行を止めただけではないだろうか?
「逮捕」の事実は身柄拘束だけではなく、本人だけでなくその家族にも重大な影響を及ぼしてしまう。佐藤弁護士が書いているとおり、実際、山口さんも家族に甚大な被害が出ているとのことである。
逮捕実名報道の影響力を知りながら「逮捕揉み消し」と安易に発言することは弁護士であることから考えても極めて軽率である。(事実、山口さんは逮捕も起訴もされていないにも関わらず、実名で告発された)
さらに、検事秘密録音全体から考えると、伊藤さんの供述の信用性そのものに重大な懸念ががあることも明らかになった。
何もわからない段階で「逮捕揉み消し」など言ってはならない。