恥ずかしい判決 「意識」の多義性の問題について

1.伊藤詩織さんと山口敬之さんの問題の中で読者のかなりの方が伊藤詩織さんがホテル入室時から性行為をされていることを認識するまで「意識がなかった」と考えているのではないだろうか。

判決文の中にも以下のような記載がある。

 

被告が、酩酊状態にあって意識のない原告に対し、原告の合意のないまま本件行為に及んだ事実、及び原告が意識を回復して性行為を拒絶した後も原告の体を押さえ付けて継続しようとした事実を認めることができる

 

つまり裁判官も伊藤さんが「意識がない」状態で性行為をされたと認識しているようだ。

 

本考察では「意識がない」の意味を考察した結果、裁判所が重大な誤りを犯していることが判明したので指摘していきたい。

 

2.(1)そもそも、伊藤詩織さんは2017年10月24日の記者会見において「意識のないまま引きずられていく私が映ったホテルの防犯カメラの映像、」とホテル到着時既に「意識のない」状態だったと主張していた。また、裁判においても「意識がない」「意識を失って」「意識を回復して」という語句が頻繁に登場する。

 

判決によると「意識がない」原因はアルコールによる「酩酊状態」であると認定されている。

 

(2)アルコール問題関連の場合における「意識がない」とはどのような場合を指すかについて検証する。

 

アルコール問題を扱っているNPOアスクでの例は以下の通りである。


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また、急性アルコール中毒時にどの程度の状態であれば救急車を呼ぶべきなのか。

 

日経Goodday 30+ 宴会の前に確認 急性アルコール中毒、見極めのコツ

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO28869820S8A400C1000000?channel=DF140920160927&page=2

 


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(3)急性アルコール中毒死亡例や、アルコール中毒で救急車を呼ぶべき基準から「意識がない」状態とはどのような状態を指すかおおむね理解することができる。

 

注意すべきポイントについてまとめると

①ただ寝ている状態と意識がない状態は異なる

②寝ている状態と意識がない状態を区別する基準が

「強く呼びかけて返事ができるかどうか」 

③救急車を呼ぶ基準

「呼びかけに全く反応しない状態」

 

急性アルコール中毒において「意識がない」と表現される状態とは

「強く呼びかけて返事ができない状態」あるいは「呼びかけに全く反応しない状態」

であると考えれる。

アスクの例を具体的に考えてみても、呼びかけに全く反応がなくその状態を「意識がない」と表現したことが理解できるだろう。

 

3.(1)では、伊藤さんがホテル到着時どのような状態であったか、著書ブラックボックスにどのように表現されているのだろうか。

 

「確認した映像には、タクシーから降りる山口氏の姿が映っていた。しばらくそこに立っていた山口氏は、やがて上半身を後部座席に入れて私を引きずり出した。そして、歩くこともできず抱えられて運ばれる私の姿を、ホテルのベルボーイが立ったまま見ていた。」

「入口のカメラの次は、ホテルのロビーを横切る映像になる。山口氏に抱えられた私は足が地についておらず、前のめりのまま、力なく引きずられ、エレベーターの方向へ消えて行った。」

(著書より)

 

ネット上などでは山口さんが病院に連れて行かなかったことについて激しく批判された。

 

(2)著書からどのような伊藤さんの姿を想像しただろうか。

 

文春オンライン

バイきんぐ小峠英二(43)カラオケ泥酔で20代美女に“お持ち帰り”された夜を実況中継

https://bunshun.jp/articles/-/36563


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 山梨県徒手搬送法より

前屈搬送


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上記のような画像を想像された方が多いのではないだろうか。

 

確かに、上記のような画像の状況で、かつ呼びかけに全く反応しない状態であれば病院に連れていかなければならないであろう。

 一方で上記のような状態だったとすると、ホテルボーイなどの従業員が声掛けをするのではないかとの疑問もネット上で言われていた。

 

(3)では実際の防犯カメラに映し出された流出画像はどのようなものだったろうか。


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(4)次に実際に裁判でどのように主張されているか見ていきたい。

 

 

原告最終準備書面 p29,30より一部抜粋(強調、赤字、中略は筆者)

 

(2)本件ホテルの防犯カメラの映像について

 また、タクシーがホテルのロータリーに到着してから原告と被告がホテル内を移動する姿を映したホテルの防犯カメラの映像から、原告が意識がないことが窺われる

(中略)

被告に抱えられ下を向くような姿勢で、体を完全に被告に任せるような姿勢で歩かされている

(中略)

カーディガンは方から上腕部までずれ落ち、原告の右上腕んぶの素肌が現れたまま、原告の右腕は脱力してぶらぶらとふられたまま歩いている

(中略)

被告に引っ張られるようにしてエレベーターに乗り込んでいる

 このような映像から、原告の意識がないことは明らかであり、タクシー運転手の供述とも一致する。

 

以上から明らかなのは実際の裁判においては自立歩行はできないにせよ、全く歩けないのではなく「歩いている」ことが前提になっている。

著書では「歩くこともできず」「力なく、引きずられ」との表現と乖離している。

さらに、伊藤さん側から出されたアルコールに関する藤宮意見書でも「千鳥足」と表現されている。

 

また、防犯カメラ流出画像と類似した搬送法の画像を見てみよう。

支持搬送


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意識障害」のない人に用いられる搬送法である。

 

以上と実際のホテル映像から窺われる伊藤さんの状態は著書の表現よりも深刻ではない状況であったと言えるのではないだろうか。

伊藤さんは実際より深刻な状況であるかのような表現をし、読者を欺罔する意図があったのではないか。

 

また、急性アルコール中毒時に表現される「意識がない」とは異なる状態であったことも理解できよう。

なぜなら、自立歩行はできなくても介助歩行はできているのであり、「歩行という反応をしており」「呼びかけに全く反応しない状態」ではないからである。

 

とすると問題になるのは伊藤さん側のいう「意識がない」とはどのような状態を指すかである。

「意識」について調べてみた(Wikipedia

意識(いしき、Consciousness)は、一般に、「起きている状態にあること(覚醒)」または「自分の今ある状態や、周囲の状況などを認識できている状態のこと」を指す[1]

ただし、歴史的、文化的に、この言葉は様々な形で用いられており、その意味は多様である。哲学心理学生物学医学宗教、日常会話などの中で、様々な意味で用いられる。

 

以上から考えてみると伊藤さん側が主張する「意識がない」とは「起きている状態にはないこと」あるいは、「自分の今ある状態や、周囲の状況などを認識できている状態ではないこと」と推測される。

すなわち、急性アルコール中毒で使われるであろう「意識がない」ではなくより軽い症状も含まれる、より広義な意味合いで使われていることが理解できよう。

 

4.このように同じ「意識がない」も異なる意味で使われていることが理解できたであろう。

このような意味を確定しないままの語句の使用は時に人々の誤解を招きやすい。

「意識がない」と聞けば一定数の人が深刻な状況だと考えるだろう。

そして、今回の裁判で極めて重大な誤審につながる原因になってしまった。

 

また、山口さんが伊藤さんを病院に連れて行く必然性があったかどうかについても意識がないという表現、著書の表現が影響してしまった。

前述の救急車を呼ぶかどうかの基準は「呼びかけに全く反応しない状態」であるから、映像によっても、藤宮意見書や、伊藤さん側の裁判の主張によっても救急車を呼ぶ必要のないレベルであったと推測される。

この点についても「意識がない」からイメージする深刻さや著書の不適切な表現のために山口さんが不当な批判を受けることになったのである。

 

ではどのようにして誤審になってしまったのか、次章で判決の検証をし誤審を明らかにしたい。