軽すぎる控訴審判決 

1 素朴な疑問の2つの意味

 控訴審判決の構造として、不同意性交があったかなかったか、伊藤さんの供述の信用性と山口さんの供述の信用性を比較し、どちらが真実を話しているか、検討している。

 山口さんの供述の信用性の中で、午前2時頃に伊藤さんが積極的に山口さんに性行為を誘ったのかどうか、裁判官に「素朴な疑問」があるようだ。

そして、「素朴」には2つの意味があると考えられる。

1つ目が、伊藤さんが親密でもないのに性行為をするはずがないというものである。

2つ目が嘔吐後2時間半程度で性行為が誘えるまで回復するのかというものである。

それぞれにつき解説していく。

 

2 親密ではない人とは性行為しないのか

 控訴審判決では、同意性交を否定する理由として両者の関係が「親密」ではないから、としている。

 確かに、裁判官の世界観ではそうなのかもしれないし、当然と考える人もいることは否定しない。しかし、世の中に「愛人契約」「援助交際」「枕営業」など親密性とは何ら関係なく性行為していることがあることもまた、否定できないであろう。

 それでは、伊藤さんが親密ではない人と性行為をする可能性はないのだろうか。

 性犯罪無罪判決を検討すると、少なくとも3件は援助交際、愛人契約など、対価性ある合意ある性行為であった。

 伊藤さんと山口さんとの関係性においても、伊藤さんは就職のため自ら山口さんに接触した。そして山口さんは就職あっせんできうる立場にあったという利害関係性がある。

 また、直後に被害申告をしたことも不同意性交の根拠としているが、無罪事例のうち、被害直後に友人に申告したのが2件、従業員に申告したのが2件あった。直後の被害申告を直ちに不同意性交の根拠とするのは安易であるといえよう。

 さらに、控訴審では、山口さんが更迭される前、つまり就職あっせんをまだできた時点での被害申告であることを虚偽告訴の動機がない理由としている。

しかし、会食時にビザが厳しいと山口さんに言われ、合格を意味するような言葉はあったものの、その後連絡がなかったことから、伊藤さんが不安をつのらせて虚偽申告をした可能性は否定できない。著書にも「内定の事実はなかったかもしれない」と心情を吐露している。

そして、対価性ある性行為の無罪事例3件のうち、2件は援助交際の金銭の支払い約束後、支払前に被害を申告したケースである。 

 以上からすると、伊藤さんが対価性のある合意の性行為がなかったとは言えない状況証拠があったといえる。

 少なくとも「親密性がない」ことから直ちに合意による性行為を否定することはできないものと解する。また、虚偽申告の動機もなかったとは言えない。

 

3 嘔吐後2時間半で性行為ができるまで回復するのか。

 アルコール酩酊の症状に個人差があることは、否定する人はいないだろう。判決文でも「個体差が大きい」と書かれている。

問題はどの程度の個人差があるかであるが、異なる角度から説明すると、アルコール酩酊度はアルコール血中濃度でどの程度説明できるのかについて、定量的に推定することが可能であることがわかっている。

 アルコール血中濃度と酩酊症状の相関関係はおおむね0.5程度である。そして、酩酊症状がアルコール血中濃度でどの程度説明できるかは、相関係数を2乗することで求めることができる(決定係数R^2)。0.5^2=0.25となる。アルコール血中濃度だけで、酩酊症状を推定できないのは明らかであろう。

とすると、アルコール血中濃度で酩酊症状が説明できるのは全体の25%ということになる。

 では、残りの75%にどのようなものが考えられるのか、その他の要因を検討する。

 ①伊藤さんはアルコール遺伝子検査をしており「酒に強い」体質であることが分かっている。

 ②食事をしながらアルコールを摂取している。食事と一緒にアルコールを飲むことで、アルコール酩酊が軽減することは研究で実証されている。

 ③原審尋問で、週3,4回飲酒していること、キャバクラ、ピアノバー勤務経験があることから、習慣的飲酒経験があること。飲酒経験があればあるほど、アルコールに耐性がつき酔いにくくなることはアルコール依存症研究などで実証されている。

 ④アルコール飲酒直後に嘔吐したこと。タクシードライバー陳述書によると、寿司がそのまま嘔吐されていた。寿司店店主によると、トイレから出てきた後も日本酒を飲んでいたこと、以上により、相当程度アルコールが排出されていた可能性がある。

 ⑤メランビー効果

アルコール酩酊の症状が顕著に表れるのは、アルコール血中濃度上昇場面。

午前2時頃は血中濃度下降中である。

 

 ⑥その他酒豪を見たことがない人向けへの動画

嘔吐、意識喪失後3時間半経過した時の状況

【16軒はしご酒】大阪天満で昼から飲んで泥酔 - YouTube

 

アルコール酩酊度の一般的基準が当てはまらない例(大きな個人差)

特に飲酒量から山口さんの主張を否定していた方々(藤宮教授)に見てもらいたい動画

【ファミレス飲み】サイゼリヤでビールを飲む【ADの晩酌】 - YouTube

 

 以上から考えると、午前2時頃にアルコール酩酊から「回復しているように見える」ことは十分に可能性があるといえよう。言い換えると、アルコール血中濃度定量で意識清明を否定することはできない。

 

4 裁判官が素朴な疑問をもつのは、親密な関係がなければ性行為をしないとか、嘔吐するほどの酩酊をした人が2時間半で意識が清明になることは考えられないという、自己の経験のみで判断しているからだと考えられる。「素朴」との言葉遣いは、自らの実社会の経験が乏しい事、事実認定の自信のなさの現れと言えるだろう。

 しかし、もっと大事な事は「素朴」という言葉によって、当事者をより深く傷つけることである。

素朴な疑問で判決が下されてしまった山口さんの心情はいかばかりか、「司法を信じろ」と山口さんのご尊父が遺された言葉の重さと比較して、「素朴」という言葉はあまりに軽すぎる。

 

さらに控訴審の問題を暴いていく。